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気枯れに陥りそうなときは

おいおい手が皺っぽいわ~。お姉さんライトをもっとガンガン当てて飛ばしてよ(サロンのHP用にいつも写真を撮られます)。

ネイル(クリスマス)  クリスマスネイル2

分かりにくいけど、ゴールドにスワロフスキーを埋め込んだ指輪をしていったらネイリストさんを触発したらしく、両薬指のみシルバーラメグラデの上に指輪と同様いろんな色のスワロを敷き詰めるというデザインを提案された。1本の指にスワロ約15個。クリスマス&お正月らしいだろうか(どこが?)。

お正月のご挨拶に出かけ、義母から「まあKYOKOさん。その爪は・・・」とおそらく指摘されるだろうが、「お母さん、最近流行ってるんですよ」と天然をかます駄目嫁だ。



「ハレとケ」とは、柳田國男によって見出された、時間論をともなう日本人の伝統的な世界観のひとつ。民俗学や文化人類学において「ハレとケ」という場合、ハレ(晴れ)は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」、ケ(褻)はふだんの生活である「日常」を表している。また、ケ(褻)の生活が順調に行かなくなることをケガレ(気枯れ)という。ハレの場においては、衣食住や振る舞い、言葉遣いなどを、ケとは画然と区別した。(by Wikipedia)

現代は、ハレとケの区別が曖昧になってきた時代と言われる。毎日を農耕に明け暮れ、祭りを楽しみにした昔の人々とは確かに違う。若い女の子たちなんかほぼ毎日がプチパーティのハレ続きみたいに見える。いやハレが続けば、それが日常となってケに変換するのかもしれないが。

言うまでもなく、翻訳者というものは派手さが全くない商売だ。書いて調べて書いて調べて合間に考えて。敬愛する曽野綾子女史は(比べるのもおこがましいが)作家というものはヒラメキで仕事をしているのではない。プロットさえできあがれば、毎日決まった分量をただただ書き続ける肉体労働者に近い、とおっしゃった。

翻訳者もある意味肉体労働者のようなものだ。完成に向かってひたすら地道にキーを打ち続ける。その地道さに耐えられる者のみが残っていく。基本的にケ、ケ、ケの毎日だ。

でも、私だって女の子だもん(笑)。ハレがなければ生きていけない。ケにもある一定の閾値があって、ケのエネルギーが尽きてしまえば気枯れ(汚れ)に代わる。言い換えればオンとオフ。

この華やかなネイルを施しただけで、気持ちはハレへと向かう。散歩の途中で可愛い鉢植えを買う。思い切って一ランク上の黒豚を買ってみる。新しい石鹸をおろす。こんなささやかな(ささやかすぎるぞ)楽しみが、尽きたケのエネルギーをまた少し補充してくれるのだ。

そして何よりも、好きな人々とゆっくりと同じ時間を共有すること-ハレ中のハレ。



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聞いてもないのにアンサーとはこれいかに

携帯代高っ。アホ夫婦、パケの仕組みを今いち理解しておらず、バカバカしいほどの携帯電話代を請求された話は以前に書いた。あれ以降、だんなさんも私も注意して使ってはいるが、それでも高っ、高っ。だって、デコメは出さずとも来るのだもの(可愛いからいいんだけど)。

パケほーだいに入るまでもなく微妙な使いっぷりも何だか我ながら気に障る。おまけに6万弱!出して買ったはずのカメラ機能も今ひとつ使いこなせていない気がする。時々入る画像のアップをご覧の皆さんはさもありなんとうなづいていらっしゃることだろう。やっぱいいデジカメ欲し~とつぶやいたりしている。

私の周りにも多いけれど、私も10年超のdocomoヘビーユーザ。決してドコモファンではないが、ともかくメルアドを変えるのもいろんな所に連絡して回るのも面倒だというただそれだけの理由でドコモを使い続けている。

携帯の王道、携帯の老舗といったらやっぱdocomoという気がアラフォーの私は一応してる。若者ならauの庭か白い犬にどんどん転向しているのだろうか。しかし、王様商売ドコモ高いよっていうのは今更だが、ここのCMプランナーのセンスってどうよといつも疑う(あくまで私見ね)。

「そろそろ反撃してもいいですか」とか何とか言ってた前回のCM。何を反撃したのか、そもそも2.0って何だったのか全く不明。前回もいわゆる旬?ちょっとしたお洒落感?を出そうとしてか、蒼井優ちゃんや浅野某や瑛太などをとりあえず取り揃えた布陣もかえってダサくインパクトに欠ける。訳の分からぬ小芝居。モードでもなきゃ笑いも取れない中途半端さ。ターゲットも全く絞れていない。

今回の劇団ひとりや堀北マキちゃん等を使ったCMも何が伝えたいのか意味不明。訳の分からぬ小芝居続行中。どの部屋に入るかって知らんがな。お金は使ってそうなのにね~。お父さん犬も少し飽きつつあるけど言いたいことは分かるもん。

ってドコモをけちょんけちょんに言うのは、もちろん携帯代今月も意外と嵩んだ八つ当たり。でも、docomoのCMお洒落~って見ている視聴者が本当にいるのかどうかは正直なとこ不思議なのだ。

「答えは見つからね~」

ブラインドネス-私たちは「見えて」いるのか

とある都会の街角。日本人の男が運転する車が交差点で立ち往生していた。突然目の前が真っ白になり、完全に視力を失っていたのだ。親切な男に助けられ家まで送り届けられるが、そのまま車を持ち去られてしまう。男は妻に付き添われ病院に。医者は、眼球に異常はなく原因はわからないと告げるが、各地では失明者が続出していた。車泥棒も、そして、診察した医者までも。驚異的なスピードで“ブラインドネス”は感染していった…。

この作品は、第61回カンヌ国際映画祭でオープニングを飾ると共に、コンペ部門にも出品された話題作。サスペンス&ホラー大好き!な私は公開を楽しみにしていた。もう一つ興味を引かれた理由は、この映画の原作者がノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴであることだ。原題は「白の闇」である。

しかし、「全世界、失明--」というコピーからややありきたりのホラーを想定していたが、この映画はそういう内容ではなかった(グロ場面はあるので苦手な方はご注意)。もちろん良い方に裏切られたわけだが。パニックサスペンスというより現代社会の醜さを描いた寓話に近い。でもラストに近づくにつれ、そこに希望の光が差してくる。世界でただひとり目の見える人間、ジュリアン・ムーアの演技が素晴らしい。伊勢谷友介と木村佳乃は結構重要な役割を果たす。演技的には微妙?だけれど、この二人ビジュアルは美しいね~。

この映画での失明は「ブラックアウト」、つまり目の前が真っ暗になるのではなく、「ホワイトアウト」、目の前が真っ白になるのだ。そこにもある意味合いが隠されているように思う。それを生かした映像で、不思議な白さが視界を覆う。監督は「シティ・オブ・ゴッド」、「ナイロビの蜂」のフェルナンド・メイレレス。今後大注目の監督だ。

ここでの「視力」-「見えること」は「知ること」のメタファーである。視力を失って、初めて目の前の人間の本質を知る。人間の弱さ、汚さ、無知さを知る。妻と夫の関係性を知る。弱者と強者の存在を知る。

慌ててアマゾンで「白の闇」を注文しようと思ったが新刊がない。中古1万円ってふっかけすぎ~。復刊を強く望む。

追記:図書館のHP探ってみたらあった♪6人待ちで早速予約なり。

プロフィール

mskyoko

Author:mskyoko
夫と私とトイプードルのノワールとのミニマムな家族。

アラフィフ夫婦の生活もワンコがやってきて大きく変化しました。

想像したよりも50代の生活はずっと楽しいかも。

ワンコを連れて旅行三昧のセカンドライフははたして実現するかしら?

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